ショート

□一曲、弾いてあげようか
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小さい頃からずっと、森の奥で暮らしていた。

両親の居場所など知らず、外を知らず、ただ森の中にひっそりと建てられた小さな屋敷で暮らしていた。




ココ以外を知らないから比較は出来ないけれど、ここは綺麗な場所なのだと思う。

小川のせせらぎと鳥の鳴き声と木の葉の擦れ合う音が、遠いんだか近いんだかわからないような音で屋敷ごと私を囲っていて、時折それに混じってピアノを弾いてみるのがささやかな私の日課だった。


ところで最近、二週間ほど前からだろうか。
南に向いた大きな窓を開けて鍵盤を叩いていると、面白いものがやってくるようになったのだ。

今日も律儀に来たのだろう。キリがいいので、飛び込んできたそれを受け止めた窓枠が軋む音を合図に鍵盤を叩くのをやめた。


振り返ると少し不機嫌そうな顔の……なんと言えばいいのだろう。身体つきは間違いなく少女のそれなのだが、口調やら本人の話を聞く限りは男の子である。ヒトというには少々難のある行動をとり(この部屋は二階のはじっこに位置し、日光確保のために半径8メートル以内には足場となる木々も無い、にも関わらず毎日毎日ロケットのごとく窓へと特攻をかけて来るのである)、かといって人間以外の何者にも見えない姿形をしている。一体何と表せばよいのだろうか。

そう思えば呼ぶ為の名前も知らないが、とにかく顔で不満を表現している彼(女)がこちらをじっと(どちらかというとじっとり)と見つめていた。



「なあに?」

「んー、んんー…まあ、別に?」


それよりピアノ弾いてよ、と不機嫌そうな表情から一転して可愛らしい笑顔でおねだりをしてみせる彼女。とてもではないが彼と呼べない可愛らしさだった。



ご希望に応え、片手だけで鍵盤を叩きながらもなんとか会話を続けようと試みる。


「ねえ、私貴方の名前知らないの。なんて呼べばいいのかしら。」

「んあ?言ってなかったっけ?」

「ええ。」


そんなこと言い始めたら私は何にも知らないけれど。

名前に始まり身長体重の類、好きなもの、嫌いなもの、特技、何処に住んでるのか、数え上げればキリがない。一番知りたいのは性別だけど、今更聞くのも何だか変な話だ。



「僕は出夢っつうんだよ、森のお姉さん。」

「いい名前ね。」

「どーも。僕も聞いていい?」

「知ってることなら答えるわ。」

「今弾いてる曲、何ていうの?」

「………さあ?」


自分の名前を知らない、ついでに今弾いてる曲の名前も知らない私だから、誰かに名前を教えてもらうのなんてきっと初めての経験で、それはとても新鮮で幸せな気分になるものだったことを今日初めて知った。


出夢、出夢、出夢と心で三回繰り返す。特に意味はない。強いて言うなら忘れないように。



「ぎゃはは、相変わらず森のお姉さんってば抜けてるううううう!」

「ちょっとうるさいわよ、出夢。」

「はあああああいっ!

 でも僕お姉さんに名前呼ばれちゃって嬉しいから静かにできなああああああああい!いやーん、出夢君照れちゃうううううう!ぎゃははははっ!」

「貴方はいつも楽しそうよね。」



起伏の無い森の奥暮らしだから、正直なところ、出夢のような明るい子が来てくれると嬉しいのだ。


未だ窓ぶちに腰掛けたまま大笑いしている、むしろ涙すら流し始めた出夢が「じゃあお姉さんは楽しくないの?」と尋ねた。



「私?

 そうねぇ、貴方が居るときはいつも楽しいわ」

「ぎゃは、僕も森のお姉さんと居ると楽しいぜ。」

「あら、ありがとう」

「お姉さんさ、お出かけとかしないの?」

「どうして?」

「ずぅっとこの屋敷に居るのってつまんなくない?」

「でも私、森に出ると迷子になっちゃうのよ。」

「森のお姉さんなのに?」

「そうねえ、こればっかりはどうしようもないわね。」

「ぎゃは、ねえねえお姉さん。」

「何かしら」





「いつか僕が此処からお姉さんを誘拐するよって言ったら、お姉さんはどんな気持ち?」




「…想像もつかないわ。」



此処以外の世界がまったく想像できない。絶対に生きていけない。出夢が言うには沢山の人が居るらしい。ざっと一億人位、それよりもっとだっただろうか。

さっぱりわからない。私一人と一億人との間にまたがる壁はどれ程の厚みを持っているのだろう。屋敷で一人ぼっちで生きてくのと、一億人の世界に放り出されるの、どちらがどれだけ優れているのだろう。

此処で食事やら睡眠やらに困ったことは無いけれど、人肌の温さを求めた覚えはある。独りを嫌だと思った日がいったいどれほどあっただろう。


だけど今さら、自分以外を受け付けることが、できない。




「そしたら私、どうなるのかしら。」

「さあ、僕じゃわかんないよ。」


お姉さんのことなんだから、お姉さんしかわからないよ。と、出夢が自嘲によく似た笑みをこぼす。
その笑みが、可愛らしい少女の顔に酷く似合わないと思った。


「出夢は、」

それを消し去りたくて、妙な焦りを覚えながら口を動かした。


「私を連れて行ってくれるの?」

「うん。

 お姉さんを不幸にしてでも、連れてくから。」


肉食獣の輝きを灯した大きな瞳がこちらを向いた。

不思議とその輝きに安心して、出夢の一大決心でも伝えるかのような口調に不釣合いだと思いながらも、唇と頬を中心に顔が歪んだ。



それなら、そうね。





一曲、弾いてあげようか



(お礼は先にしておくから)
(誘拐するからには)
(ちゃんと一緒に居て頂戴ね)



――――――

久しぶりにこんな長いの書いたよ!^p^^p^^p^←
注)たいして長くありません

ちくしょう出夢くん大好きだよおおおお><
注2)愛の割りに酷い出来

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